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広島高等裁判所 昭和46年(う)13号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人博田東平の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである

論旨第一点(事実誤認)および第二点(法令の解釈適用の誤り)について

所論は、要するに、原判決は、強盗致傷、公務執行妨害の公訴事実を原判示一においてそのまま認定しているが、これは事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤ったためであり、右公訴事実は窃盗と傷害の限度で認定さるべきものである、というのである。

よって本件記録を調査し、当審における事実取調の結果をも合わせて検討するに、原判決の挙示する関係各証拠によれば次の事実が認められる。すなわち、

(一)  被告人は昭和四五年一月二二日午後一〇時三〇分頃、山陽本線本郷駅と三原駅間を進行中の上り第三五二M電車七両目の車両内において、仮眠中の乗客小林ひろ子から同人所有の現金九九三円他七点在中のハンドバック一個を窃取したこと、

(二)  被告人は右ハンドバックを着用のオーバー内にかくして、直ちに同車両より二両後方の九両目の車両に移り、同車両前寄りの入口から二番目にある座席に腰をおろしたこと、

(三)  右被告人の犯罪行為を同車八両目の車両で注視していた警乗中の鉄道公安職員中村定男は、直ちに七両目に行き小林ひろ子に被害付けをしたところ、同女のハンドバックがなくなっていることが明らかになったので、すぐに被告人を追って同車九両目の車両に行ったこと、

(四)  そこで同車両内にいた被告人の前の座席に坐った中村は、被告人に対して鉄道公安職員たる自分の身分を告げ、盗んだものを出すように迫ったが、被告人はハンドバックをオーバーの内にかくしたままでこれを素直に出そうとしなかったので、中村は被告人の顔面を平手で一回殴打し、被告人のオーバー内からハンドバックを引き出したうえ、右ハンドバックで被告人の頭部を一回殴打したところ、ハンドバックの口金が外れてその中味が附近に散らばったが、被告人は中村の右暴行に対して特に抵抗もしなかったこと、

(五)  中村としては、被告人が特に反抗的態度を示さなかったこともあってか、被告人に手錠をかけることはしなかったが、同電車前寄りの車両に同乗している鹿屋鉄道公安職員に被害品の処理や被告人逮捕のための応援を求めるため、折柄停車した三原駅のホーム伝いに前部の車両に移動しようと考え(同電車は、途中で車両間を通り抜けることができない状況にあった)、被告人の右手首をつかんで一旦同車両から同駅ホームに降りようとして被告人と共に同車両内のデッキに出たところ、被告人はこのまま逮捕されては世間態も悪いから逃走しようと考え、数人の乗客が同駅で下車したのに引続いて、いきなり中村につかまえられていたのをふり切って同駅ホームに飛び降りて逃げ出したこと、

(六)  一方、中村と同じく同電車に警乗していた鉄道公安職員村上敬は、三原駅で一旦同車の警乗を終え、同日午後一〇時三五分頃同車最後部の一〇両目の車両から同駅ホームに下車したのであるが、中村が「泥棒だ、つかまえてくれ」と言って被告人を追ってきたので、被告人の前方で両手をひろげたところ、被告人は同駅ホームから線路に飛び降りたので、中村と村上の両名は直ちにこれを追跡したこと、

(七)  村上は、その際、中村から被告人が窃盗犯人であることは知らされており、追跡に際して被告人を終始見失うことなく、被告人とは当初は約二〇メートル、最後には約五メートルの間隔を保って三原市港町のセントラルパチンコ店裏の通り抜けのできる路地に至ったが、村上の後方を走っていた中村は、途中で被告人を見失ったこと、

(八)  被告人の逃走距離は、三原駅ホームから右路地までの間約七〇〇メートルであったこと、

(九)  被告人は同路地まで走り続けて相当に疲労し、同所で村上に追いつめられたが、なおも逮捕を免れようとして、その場にあった竹箒で村上に殴りかかったところ、村上はこれを払いのけて「鉄道公安だ、窃盗で逮捕する」と叫び、被告人に足払いをかけ、手錠をかけようとしたが、被告人は、さらにその場にあった一升瓶を持って殴りかかるなどして抵抗し、もみ合った挙句、附近にあった「まき」で村上の顔面を殴打して同人に傷害を負わせるなどしたので、村上は同所に集ってきた一般人の協力を求めようと考え、「この男は泥棒じゃ、わしは鉄道公安の者じゃが協力して下さい」と訴えたところ、被告人は「わしは悪いことをしとらん、あれが悪い奴じゃ」などと言っていたが間もなく同日午後一〇時四七分頃、村上に逮捕されたこと、

(十)  村上は、被告人の前記暴行により、治療約五六日間を要する顔面挫創等の傷害を負うたこと、

などの事実が認められる。

以下、右事実を前提として順次検討を進めることとする。

所論は、まず場所的移動と時間的間隔の両面からみて、被告人の路地における村上への暴行には、事後強盗の構成要件たる現場性がない、すなわち、右暴行は窃盗の機会になされたものではない、というのである。

なるほど、事後強盗が本来の強盗と同一の法的取扱いをうけるのは、その際の暴行脅迫が、結局において財物奪取の手段としての暴行脅迫と同視できるからであって、そのためには、右暴行脅迫が、窃盗行為の終了後間もない時間内で社会通念上犯行の機会の継続中になされたと認められる程度に接着して行われることを要するのは所論のとおりであるけれども、本件事案のごとく、窃盗の終了後わずか数分経過したばかりの同じ電車内で、鉄道公安職員中村定男にかくしていたハンドバックを発見されて窃盗犯人たることが判然とし、中村が被告人の逮捕に着手したところ(中村は被告人を逮捕する旨正式に被告人に告知していないが、被告人の右手首をつかんで同車両デッキから三原駅ホームに降りようとしていたのであるから、中村が被告人の身柄を一時的にせよ拘束したと認めてよく、これを単なる任意同行と言うことはできないのであって、この段階で中村は被告人の逮捕に着手したということができる。しかしながら、中村は、鹿屋鉄道公安職員の応援を得たうえ車内で被告人に手錠をかけるつもりをしており、その拘束の程度や時間的、場所的関係からみても、逮捕はいまだ完了していないと考えられる。)たちまちにして逃走し、事情を見聞した村上鉄道公安職員が、終始被告人を見失うことなく約七〇〇メートル追跡して逮捕しようとした際、被告人が村上に暴行を加えたものであって、その間、時間的にはわずか一〇分余りしか経過しておらず、被告人は終始鉄道公安職員の監視ないし追跡下にあったもので、場所的関係を合せ考えても、被告人の本件窃盗と前記パチンコ店裏路地における被告人の村上に対する暴行との間には接着性が認められるのであって、被告人の村上に対する暴行は、窃盗の機会の継続中に行われたと認めるに十分である。この点に関する論旨は理由がない。

所論は、つぎに、被告人は電車内において窃盗の現行犯人として逮捕されたのであるから、その時点で事後強盗の構成要件たる窃盗犯人としての身分は消滅したものであり、その後の逃走の際の暴行は、法的にみて右窃盗とは全く別個独立の犯行と評価すべきものである、というのである。

しかしながら、前記のごとく中村が電車内で被告人の逮捕に着手したとしても、それだけで直ちに被告人が事後強盗罪にいう窃盗犯人たる身分を失うわけはなく、本件事案のごとく、窃盗後間もなくして、同じ電車内で中村鉄道公安職員に右手首をつかまれて逮捕に着手されたという状況では、被告人は依然として事後強盗罪の構成要件要素たる窃盗犯人としての身分を有していたことは明らかであり、その後直ちに逃走し、逮捕を免れようとして暴行を加えた以上、事後強盗罪は優に成立しうるところである。この点に関する論旨も理由がない。

所論は、さらに、被告人は、中村鉄道公安職員から電車内で不法にも暴行を受けたが、その後村上鉄道公安職員により路地に追い迫られた際、村上を不法な暴行を加えられた中村と誤認し、村上からも暴行を受けたので、さらに一層ひどい暴行凌虐をうけるかもしれないとおそれ、これを免れようとして夢中で防禦的反撃に出たものであって、右は決して逮捕を免れる目的や公務執行を妨害する犯意に出たものではなかった、というのである。

確かに、中村鉄道公安職員は、電車内において被告人に対し前記のような暴行を加えるなど、いささか職務の執行の範囲を逸脱する行きすぎの違法行為があったことは所論のとおりであるけれども、それがために被告人は逃走したわけではなく、逮捕されては世間態も悪いと考えて逃げ出したものであること、路地においては村上は特段の武器も持たず、手錠で被告人を殴打しようとしたこともなく、むしろ被告人の執拗な積極的攻撃に対しこれを避けながら、被告人を逮捕しようとして被告人に足払いをかけたり被告人ともみ合ったりしたものであること、路地において村上が一般人に被告人の逮捕協力を要請した際、被告人は自分は悪いことをしていないなどと言っていいのがれをしていること、などの事実に徴すると、路地における被告人の村上に対する暴行は中村の前記暴行や村上の逮捕行為に対する防禦的反撃とは到底認められず、その際被告人に逮捕を免れる目的および公務執行を妨害する犯意があったことは明らかであって、たとえその時被告人が村上を中村と誤信していたとしても同様である。右認定に反する≪証拠省略≫は容易にこれを措信できない。この点に関する論旨も理由がない。

所論は、最後に、「鉄道公安職員の職務に関する法律」によれば、鉄道公安職員の職務執行地域については極めて厳格な制限が加えられているのであって、その職務執行の地域外である市街地における本件逮捕行為は、法的根拠に基づかない違法なものであって正当性がなく、かりに正当性があるとしても、被告人は電車内で一旦逮捕されているのであるから、その後の逮捕をその段階で完了したはずの窃盗犯人逮捕の延長と評価することはできず、また、路地における逮捕も実質的には警察署員が逮捕しているのに手続上は村上が逮捕したようになっており、これらの事情を考え合わせると、右逮捕行為に対する反抗は、およそ事後強盗や公務執行妨害に該当しないものである、というのである。

しかしながら、本件事案のごとく、鉄道公安職員の職務執行地域内である電車内で被告人に対する逮捕の着手がなされたところ被告人がこれをふり切って鉄道施設外へ逃走したような場合には、鉄道公安職員がその職務の執行としてこれを追跡し市街地において逮捕できることは当然のことであって、右法律がかかる場合にまで鉄道公安職員の職務執行を制限する趣旨とは解されないから、村上鉄道公安職員の本件逮捕行為は適法な職務執行と認められる。また、被告人は電車内で一旦逮捕に着手されてはいるけれども、そのため直ちに窃盗犯人たる身分を失うに至るものでないことは前述したとおりであって、その直後に逃走した被告人を直ちに追跡し逮捕することは一連の窃盗犯人逮捕活動と認めて差支えなく右逮捕を免れようとして鉄道公安職員に暴行を加えた以上事後強盗罪および公務執行妨害罪が成立するのであって、その後当該鉄道公安職員が被告人を逮捕したかどうかは事後強盗罪の成否には無関係なのであるが、本件では村上鉄道公安職員が被告人を逮捕したものであることが≪証拠省略≫によって明らかである。してみれば、村上鉄道公安職員の本件逮捕行為は、窃盗犯人逮捕として適法な職務行為の範囲内にあり、被告人が同人に前記暴行を加えた結果、事後強盗罪および公務執行妨害罪が成立するに至ることは当然である。この点に関する論旨も理由がない。

論旨第三点(量刑不当)について

所論は、要するに、被告人を懲役四年の実刑に処した原判決の量刑は重きに失して不当であり、法の許す限りの寛刑を言渡されたい、というのである。

よって本件記録を調査し、当審における事実取調の結果をも合わせて検討するに、本件は、被告人が前記強盗致傷と公務執行妨害のほか、窃盗五件を犯した事案であって、その罪質、態様は悪質であること、被告人には原判決も判示する累犯前科が二件あるほかにも窃盗前科が二件あること、その他被告人の性行などに徴すると、被害品もそれぞれ返還されていることや被告人の家庭事情など、所論指摘の被告人に有利な諸点を十分考慮しても、被告人を懲役四年に処した原判決の量刑はやむをえないものというべく、重きに失するとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋文恵 裁判官 久安弘一 寺田幸雄)

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